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才劣り、学幼し。
質直にして華なし。 僕すこぶるこれを愛す。 心地よい言葉。 吉田松陰が伊藤博文についてこのように言ったそうだ。 小生は研究室の卒業生達にこんなことは言えない。 みんな、才があって、学は良くできた。 一番、「才劣り、学幼し」なのは小生のようだ。 自分が、好きではない伊藤博文に似ていたとは喜べない。 しかし、3行目は、松陰と同じ心だ。 小生は吉田松陰が大好きだ。「教えないで育てる教育」も吉田松陰に強く影響されている。 吉田松陰はすごいパワーで弟子達にエネルギーをつぎ込んだ。 小生はすごい仲間達に埋もれてエネルギーをもらっていた。共鳴していたといってもいい。 技量とエネルギーがあまりにも違うが、松陰をまねようとする気持ちだけはある。 ▲
by yuyz
| 2012-08-30 21:18
| 私事
1、リスボンの街。川岸に垂直に真っ直ぐな通り。
![]() 2、城山から見たリスボン市街。屋根の色がきれいにそろっている。左上が川向かいに行く橋。我々はこの橋のたもとに宿をとった。 ![]() 3、リスボン郊外のシントラにあるムーアの城壁。1300 年ほど前にポルトガルはイスラム教徒達によって支配されていたが、そのときに作られた山城。右下はシントラの街、その向こうは海。 ![]() 4、ムーア城から少し山に登ったところにあるペナ宮殿。こちらは180年ほど前に建てられた豪華な宮殿。 ![]() 5、ペナ宮殿からながめたムーア城と大西洋。 ![]() 6、ポルトガルはコルクの世界一の生産国。この木がコルクツリー。郊外に行くとコルクツリーがいたるところにある。 ![]() 7、コルクツリーの幹の皮をはぎ取り、コルクを作る。幹の赤いところは皮を剥ぎ取られた後。 ![]() 8、エヴォラの街。この街は、ローマ時代と、イスラム時代、その後のキリスト教の時代とが混在する。写真はローマ時代の神殿とその後ろがキリスト教時代の教会。 ![]() ▲
by yuyz
| 2012-08-19 16:32
| 私事
地下鉄有楽町線の麹町駅から、歩いて5分ほど。途中、ときどき訪問する細川洋行の本社前を通り過ぎて、皇居の方向に向かった。
しばらくすると、「いきいきプラザ一番町」のビルがあった。中に入ると、山形のにおいがぷんぷん。 レストランの入口には「つや姫」、「山形そば」、「尾花沢スイカのケーキ」などの言葉が並んでいる。 指定された席に座ると、「この店のオーナーは山形の尾花沢出身です」と説明された。 「東京で山形の人が店を出しているのは多くありませんよね」 と言うと、「結構ありますよ」との答。 この店は従業員も山辺や寒河江など、全員山形県出身者。 今夜は、このフランス料理店で、山形大学から東京に出向している仲間とその友人二人との夕食会。竹田ワイナリーの赤ワインをおいしくいただきながら、食事が進んだ。ポルトガルに負けていない赤ワイン。さわやか。 途中で、山形そば、そして、最後にスイカのケーキがでた。なかなか面白い味。水分豊かなスイカとバター風味のケーキとが見事に調和していた。 友人達の広島大学の話、九州大学の話、それにそれぞれの専門の話を面白く聞きながらあっという間の2時間あまり。 オーナーの奥さんに「電車に間に合いませんよ」と促されてあたふたと半蔵門駅に向かい、東京で最終のつばさに飛び乗った。 ▲
by yuyz
| 2012-08-15 23:10
| 出張
会議日程の後半、夜の8時半に、バンケット会場までホテルからバスが出発するという。
8時20分ごろ、ホテルの玄関に集まると、バスが一台出発したところだった。 しかし、まだ沢山の人があぶれて残っていたので慌てずに待っていると、次のバスがきた。 そのバスに乗ったは乗ったが、どこに向かって走っているのかはまるで分からない。マイクロソフト製プログラムを使うように、身をまかせて、どこに行くかは考えないことにする。 バスはリスボンの北郊外をまわって、南東へ進路を取った。30分ぐらい経過すると速度を落とし、ある建物の玄関前広場に到着。そこには、すでに多くのバスが駐車していた。 バスから降りて古めかしい建物(「Convento do Beato」と書いてあった)に入ると、甘い食前酒を渡され、二階へ誘導され、石造りのスペースに入れられた。かなり広いが屋根はない。5mほどの高い壁が周りを囲っている。窓ははるか上の方に数個あるが鉄格子がはまっている。みんなで、この場所はなんだろうと議論。結論は「囚人の運動場ではないか」。 1時間近く、そこでぶらぶら。 すると、ついに人の群れが動き始めた。ついて行くと、一階の大きな部屋に数えきれないほどの数の大テーブル。小生は中央の空いている席に座った。となりは、インド人。彼はミシガン州立大学の教授だった。 料理がでて、ファドの熱唱があった。 最後に、次回、4年後のこの会議ICR(International Congress of Rheology)の開催場所の紹介があり、「日本の京都」とアナウンスされた。 すでに、真夜中の1時すぎ。 多くの友人達と京都での再会を約束して、ホテルに着いたのは、午前2時を過ぎていた。長い長い1日だった。 ▲
by yuyz
| 2012-08-11 03:39
| 出張
会議の途中のコーヒータイム(休憩時間)に、小生に近づいてくる人がいた。
見ると、カナダのジョン・ディーリー教授だった。「久しぶりだね。最近の研究はどうか、経済状態はどうか、福島は大丈夫か、……」と挨拶をしていると、数人が我々の周りに集まったきた。 そこで、彼はいきなり「10年ぐらい前に過ごした米沢は最高だった」と米沢の、日本の賞賛をはじめた。彼は3ヶ月間ほど工学部の我々の研究室で共同研究をしたことがある。 彼は、まず「つばさ」の賞賛。東京のホームに電車が入ると、掃除の人達が車内に入り、5分ぐらいで車内をきれいにする。すごいスピードと正確性。それに、福島からの山の緑の中を走る電車がすばらしいと。日本人には当たり前のことだが、カナダ人の彼には驚きのようだった。 つづいて、工学部の図書館の話になり、読みたい本はすべてそろっていた。そして、書庫が電気で動き、その書庫にびっしりと本が入っていると自慢。ヨーロッパ人達も電動書庫とはどういうものかとの質問。これも我々には当たり前。 旅館や日本料理も印象深かったと。 とくに、そばが強く印象に残ったようだ。 料理の味は、「甘いや辛いなどの化学的な味」、「硬さやねばねば性などの物理的な味(我々はこれをレオロジー的な味と呼んでいる)」、それに「色彩」、この三つが料理の味わいだとコヤマが説明してくれた。さらに、彼が言うには、コヤマは4つ目の味も教えてくれた。それは、「音」だと。 確かに、彼とそば屋によく行った。そこで、そばは「つるつる」と音を楽しむのだと説明したことがある。西洋人達は子供の頃から母親に「食べているときにに音をたててはだめだ」と育てられるので、たいていの西洋人に無理な注文。彼は一生懸命「つるつる」と音をたてる努力をしていた。 彼はこれらを10年以上も覚えていて、ヨーロッパ人達に自慢していた。 ▲
by yuyz
| 2012-08-08 17:45
| 出張
8月3日、パリ経由でリスボン空港に夜の11時ごろに着いた。
空港出口のインフォメーションでホテルまでのタクシー用のバウチャーを買う。23ユーロ。すると、一人の黒いスーツの紳士が小生達の後ろに現れた。窓口の人はレシートを小生とその紳士に渡して、小生に紳士について行くようにとの指示。 空港外で乗った車は黒のベンツ。 豪華な気分でペスタナパレスホテルへ。真夜中の到着にもかかわらず、美男子のベルボーイが出迎えてくれた。まさに宮殿のようなホテル。 ホテルの中に入ると、フロントには一人の男が両手を広げて立っていた。その男は「プロフェッサーコヤマ」と呼びかけてきた。よく見ると、友人のマイア教授ではないか。驚いた。 小生は、彼は小生の到着時刻を予測してフロントで待っていてくれたのかと思った。本当のところは分からないが。 マイア教授は今回の国際会議(IRC, International Congress on Rheology)の議長で、3000人もの参加者のホスト役だ。 ▲
by yuyz
| 2012-08-05 02:02
| 出張
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