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この春、4人の研究室の仲間が異動する。
増渕雄一助教授は東京農工大学工学部から京都大学化学研究所に異動。大学教員の転勤にともなう問題点などは同氏のブログで紹介されている。 増渕氏は博士課程を短縮修了後、我々の研究室の助手に赴任された。VBL設置申請など、多くの申請書を作成して、多くの研究予算を獲得した人である。学生に対する質問と指導に卓越したものがある。4年半、我々の研究室に貢献していただいた。分子シミュレーションが武器。 伊藤浩志先生は東京工業大学助手から山形大学准教授に昇任。 伊藤氏は、4年生の時に我々の研究室に入ってきた。卒業研究テーマを決めるときに、一番に「私はこれをやります」と超元気な声で主張していた。そのテーマは超音波を使った画像形成。修士修了後、超音波の仕事を続けられるとのことでO社に入社したが、途中で鶴岡高専に、つづいて東工大に異動していった。マイクロ成形の第一人者。 樋口才二先生は長崎シーボルト大学助教授から教授に昇任。 樋口氏も4年生の時に我々の研究室で、溶融紡糸の研究をした仲間である。O社に入社していたが、途中で県立長崎女子短期大学の教員に転職した。専門は被服だったが、短大から四大への変更の直前に我々の研究室に来られて、新テーマにチャレンジされ博士の学位を取得した。ゲルを丁寧に実験している人。 西岡昭博先生は山形大学助手(工学部)から准教授(地域共同研究センター)に昇任。 西岡氏も4年の時に我々の研究室で、アイオノマーの研究を始められた。学生のときに、小生の名前で多額の科学研究費を獲得した。その実力は、現在のNEDOプロジェクトの獲得でも証明されている。副業で始めた米の発泡加工研究が発展して、現在ではでんぷんのアルファー化の研究に傾注している。 いずれも、より良い研究環境を求めての異動であり、昇任である。もちろん、昇任した場合は、サラリーも上がる。 たいていの教員は、異動するかどうかを主に研究環境で決める。しかし、仕事上の喜びは教育環境であることが多い。山形大学工学部を魅力ある研究環境で、充実した教育環境であるようにしたい。 小生にも、海外を含めて何回か異動のチャンスがあった。しかし、上記の四氏とは異なり、結果として一度も異動していない。学生時代の6年を含め、39年も同じ場所に居続けている。 小生にとって、山形大学は最良の研究環境であり、教育環境であることの証拠である。
by yuyz
| 2007-03-18 19:53
| 研究室
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