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先週の後半は東京。レオロジー学会の年会と山形大学主催の国際シンポジウム。
レオロジー学会は駒場の東大生研において、酒井教授のお世話のもとに開催。我々の研究室の水落さんの研究が論文賞を受賞した。ただ、彼は会社の都合で参加できなく、谷口先生が代理で賞状を受け取った。 学会そのものは例年どおりで、活発な発表がなされた。懇親会はたくさんの食べ物と飲み物があり、みなさん満足した様子。 国際シンポは「山形大学有機エレクトロニクス研究センター 第一回国際シンポジウム」との名のもとに、一ツ橋にある学術総合センターで開催。 まず、アドバイザリーボードでノーベル賞受賞者であるヒーガー教授による「Future technology enabled by new material」。自分はもともとは物理学者だったが、この研究をやるにつれて新材料に興味を持ち、化学屋へとシフトしていったと言いながら、最近の太陽電池研究について話された。 つづいて、山形大学連携卓越教授であるタンさんとヤンさんによる有機デバイスの話。さらに、ドイツのドレスデン工科大学のレオさんがドイツにおける最近の有機デバイスの進展状況を紹介した。 その後は、サリチフチさん、時任さん、城戸さんによる有機エレクトロニクス研究センターにおける最近の研究成果を報告。 このシンポは昨年の春に実施する予定だったが、東日本大地震の影響で1年延ばした。 今回は国内外へのアピールの意味もあり、山形ではなく東京で実施した。400名程度の多くの参加者があり、熱気あふれた会合になった。
タンザニア、セレンゲティー国立公園。ここでは、マサイ族がヌーやライオンと同じように、パスポートを持たずに、ケニア、マサイマラ公園へと国境を越え行き来している。
この国立公園を主な舞台として物語が語られている「アフリカ、ポレポレ 親と子のセレンゲティー・ライフ」、岩合日出子著。三十年前の物語。 そのころ4才だった薫は、すでに34才。彼女はどうしているかなと思いつつ読んだ。 アルーシャ、モシ、と懐かしい地名。 小生も2年ほど前に行ったことがある。アルーシャの市場では、人また人のごった返す中、野菜や果物がところ狭しと置いてあったことが思い出される。 この物語の中で、ンゴロンゴロクレーターでのところは、自分も行ったことがあるところなのでより興味深く読んだ。ライオンがヌーを食べ終わったところは小生も遭遇した。 印象に残ったこと。 ハイエナがヌーを捕らえて、食べるのを見た薫が「ママ、ヌーの子供は死んじゃったよ。私もおなかがすいた」と言って、トーストを食べたと。 「かわいそうだ」との先入観以前に、人間も動物と同じで、生きるために食べることを感じて、実行している純粋さ。 もう一つは、 走るマサイの若者を追って行く写真家の父親を見ていて、薫が母親につぶやいた言葉。「パパ、膝で歩いているよ」。 足の長いマサイの後ろを行く、日本人の姿を、見事に描写した言葉だ。
久しぶりの空海。友人達との楽しい飲み会。
ひとりの友人が「偉大な数学者のユークリッドは、実は土方の親方だった。その親方が部下の一つ一つの質問に答えるのが面倒くさくなって、原論を書いたのだ」と言い出した。 これは面白い。数学は今や実学とはとても言えないが、数学の初期は、実学から始まっているのだとの思いに至った。 もう一人は、「今日の1年生の授業で、同じ大きさの鉄の玉とピンポン球を、1メートル落下させて、どちらが速く落ちたかと聞いた。多くの学生は鉄が速いと答え、少しの学生は同じだと答えた。思考実験で答えを出す学生と実験を見ながらそのまま答える学生とがいた」と。 別の人は「アリストテレスも同じ実験をやり、「鉄の方が速く落ちる」との答えを出した」 「それは思考実験が先にあって、実験したとしても、考えに合ったのを結論に取り入れたのではないか」 「そうかもしれない。アリストテレスは師匠のプラトンの影響があったのかもしれない。プラトンは数学、あるいは論理でいろいろなことを説明した」 アルコールが入るとともに話題は、物理や哲学がいつどのようにしてできてきたか、さらにマッカーサーはなぜ日本の天皇制を理解できたのかなどと発散しながらつづいた。 実に楽しい時間だった。
吉本隆明さんと青木朗さん。山形大学工学部の偉大な大先輩が最近そろって他界された。残念だ。
今日は青木先輩のお別れ会に参加した。 菅直人元首相や国際知的財産保護協会の理事長、その他各界の方々も参列して青木さんとお別れした。 青木さんは、山形大学の知的財産保護のみならず、ソ連や中国、韓国などの知的財産保護の規則づくりなどに貢献したとのことだった。 さらに、青木さんの撮影した写真は国際的な評価が高く、英国王立写真協会の終身名誉会員となっていた。 20年程前になるが白布温泉の中屋別館で、青木先輩と二人で一晩ゆっくり話をしたことを思い出した。 そのとき、小生は青木先輩に「若い弁理士か、弁理士候補者を山形大学に派遣していただけませんか」とお願いした。 青木先輩からは、「小山さん、それはだめだよ」とお叱りを受けた。理由は、「未熟な弁理士では、山形大学のためにはならない」だった。 それでも小生は、山形大学の知財の状況と、教員達の多くが特許による権利化に対して非常に低い関心しか持たないことを説明し、執拗に派遣のお願いをした。 すると、青木先輩はなんと「石田敬さんにお願いしよう」と引き受けてくださった。 以後、石田さんは清和特許事務所長の職にありながら、頻繁に山形大学に来てくれた。そして、多くの特許が石田さんのお世話になった。
久しぶりに『紅の豚』を観た。
飛行艇乗りのマルコ(顔が豚)が主人公で、アドリア海を飛び回る。マルコの恋人がホテルのマダムジーナ。マルコはジーナを心の支えに、暴れ回る。そして、飛行艇を修理してくれた若いフィオ。小気味良いマルコとの掛け合い。 前回観たのは20年くらい前なので、覚えているところは少なく、新鮮さをもって観た。 ストーリーや構成はそこそこだが、言葉の掛け合いが面白い。そして、絵がきれい。色もすばらしい。 印象に残った場面は、若さゆえに信頼を勝ち取れないフィオが「飛行艇乗りに必要なことは何?」とマルコに問いかけ、マルコが「センスさ」と答えたところ。 「よかった。歳とか経験とか言われなくて」とフィオが受ける。 観ていて楽しかった。
山形大学の教職員の新人研修があった。今年、小生は教育担当ということで、「山形大学の教育」を説明した。
まず、先日の卒業式での答辞の話を紹介した。その答辞では、卒業生が 「山形大学ではやりたいことを、やりたいように、やりたいときにやらせてくれた」 と言っていた。山形大学のキャッチフレーズは『何よりも学生を大切に』なので、この答辞での言葉は、山形大学に働く者の一人としてうれしかった。そこで、みなさんも是非、学生達が何かをやりたいと言ってきたら、それを実現できるように配慮してやっていただけませんかとお願いした。 その後に、山形大学の教育理念や3ポリシーなどについて説明し、シラバス、単位、授業料などについて、自分の思うところを話した。 その中で、学生が支払う授業料は年間535,800円、4年間では、200万円以上になる。学生の卒業単位は130単位程度であるから、一単位が約15,000円。一つの講義では学生が約30,000円払っていることになる。教室に100人いると、一つの講義では約300万円に。これを3つ、あるいは50人のクラスを6つ講義すると、学生たちが支払っているお金は、ほぼ教員の給料程度に相当する。しかし、大学にはこれより少ない授業をしている人も居るし、授業をしていない職員や我々のようなものもいます。そして、建物やユーティリティーなど多くのお金が必要なので、授業料だけでは足りません。その足りない部分を税金から運営交付金としていただいています。その金額は授業料の約2倍程度です。……。という話をした。 授業では、学生と教員が真剣勝負をしてほしいとの意味で話をしたが、身近な数字だけに、ちょっと、露骨だったかなとの反省。
徳島に行ってきました。
案内してくれた松尾さんは2年ほど前に宮城県から仕事の関係で徳島に引っ越した。 「徳島はコーヒーが良く飲まれている県です」と小ぎれいな喫茶店に案内してくれた。喫茶店も多いらしい。 喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼は 「なんだかね、まるで外国に住んでいるようなのです」と。 「どうしてですか。言葉は通じるでしょう」 「言葉は分かります。イントネーションは違いますが」 「では、何がそんなに違うのですか」 「そうですね。意思疎通がスムーズにいかないのです。妻もPTAの会合などでときどきいらいらしています」 「そうですか。それは多分ね、言葉に関する考え方が東日本と西日本とで異なるからですよ」 「えっ、どういうことですか」 「東日本、特に東北では言葉はコミュニケーションの手段にしか使われないのです」 「それは当たり前ではありませんか」 「東北ではね。ところが、西日本、特に関西では言葉はあるときはコミュニケーションの手段であり、あるときは文化、つまり楽しむ手段なんです」 「よく分かりません」 「関西では言葉で遊ぶのです。例えば、落語や漫才のように。東北では、冗談は禁句ですよね。言葉は意思疎通のためだけに存在するのですから」 「なるほど。私たちは嘘は言いませんからね」 「関西でも、嘘というのではないのです。なにせ、言葉は文化ですから」 「はあ、分かりました。これから、その考えを意識して会話してみます」
「人の上に立つ者の哲学」というタイトルの講演会があった。
講師は岬龍一郎さん。講演の冒頭では、「『学生のときは全共闘で、いま管理職にあるもの』ということで、司馬遼太郎さんに呼び出された。そこで、司馬さんから『今のままでは、日本がなくなる』とお叱りをうけた」と話し始めた。 岬さんは博学と見識をもって、多くの話題を1時間半にわたって熱弁された。そのすさまじいまでの情熱は強烈な印象を与えてくれた。 武士道について多くの時間をさいて話されたが、講演の中で心に強く残った言葉。 「知識」、「見識」、「胆識」。胆識、つまり覚悟が無いとだめだ。 「武士とは死ぬことと見つけたり」(葉隠れより)。 「知行合一」(言ったことをなす:誠) 根性三原則、「逃げるな」、「あきらめるな」、「負けるな」。 仕事の成功=志x意欲x能力x人柄
若手の教員たちと意見交換をした。
そのときの会話。 「教授の許可を取らないと分かりません」 「えー、教授の許可が必要なの?」 「それはそうでしょう。私は○○教授の助教ですから」 「へぇー、そうなんだ」 そこにいた◎◎教授も、 「それはそうでしょう。助教は教授を助けるから助教という職名になっているのでしょう」と援護。 小生は、 「なるほど。でも、それでは「教授・助教授・助手」時代と同じだね」 「准教授は独立でしょうけど」 などともめだした。 そこで、小生はおもむろに、 「学校教育法によると、教授も、准教授も、助教もいずれも『教育と研究を行うもの』と書いてあるはずだよ。違いは、『特に優れている』か、『優れている』か、形容詞なしかだけだよ。助けるなんて書いてないよ」 「それでは、助教は教授とは上下関係にないのですか」 「上下関係にはない。もちろん、チームを組むことができるけどね」 「では、どうして助教は教授についているのですか」 「それはこちらが聞きたいよ。昔の助教授や助手は「教授を助ける」と学校教育法に書いてあったけど、それは古い話。今は時代が違うでしょう」 「そんなことを言っているのは先生だけですよ。実態は変わらないですよ」 「それは法律違反でしょう。法律を変えたのだがら、システムも変わっていくべきですよね」と、あまり法律を好きでない小生が法律遵守論をぶってしまった。
昨日、あるグループ会社の役員さんたち3人が来米された。
このグループ会社では、最近、会社間で役員の交流を実施されたとのこと。 一人の役員の方は、 「会社の歴史と生い立ちとでずいぶん社内の風土、しきたりが異なるのです」ときりだした。 「具体的にどのように違うのですか」 「私の赴任した会社は歴史が長く、古いしきたりが色濃く残っている。前の会社では、社長室はガラス張りで基本的にドアが開いていて、気軽に入れた。しかし、新しい会社では、カードキーを使って、二度もドアを開けなければ社長室に入れない」 「社長室だけなんですか」 「我々の在室ボタンがあるのです。部下は在室表示板を常に見ているのです。これには驚きました。明治時代のしきたりがいまだに残っているのです」 「山形大学でもありますよ」 「えー!!! そうですか。それは失礼しました」 「他には、どんなことがあるのですか」 「給与の明細が印刷されて、袋に入ってくるのです。前の会社ではメールで知らせてきて、暗証番号を入れて、PC上で見るのですが。そうしたらどうかと言うと。『社長から順番に給与袋を手渡すことが重要なのです』と拒否されましたよ」 「そういえば、山形大学でも給与明細の袋をくれますよ」 「そうなんですか。それ自体で経費がかかるのにね。大学も古いね。もしかして、決裁書に印鑑をいっぱい押しているのではないですか」 「そうなんです」 「会議資料には紙媒体を使っているとか」 「そうなんです」 などとの会話で、小生は肩身の狭い思いをした。
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