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朝、気持ちよく晴れ、気分よく自宅を出た。
テレビでは、『大雪』、『大雪』と騒いでいるが、ここ米沢では、普通の靴で歩ける。 積雪130cmでも、ブルドーザーがしゃかりきになって働いてくれている。 駅まで、いつもより少し時間がかかるが、歩いて30分。 米沢駅に着くと、小生の乗る8時06分発の電車は1時間余り遅れているとのこと。 さて、どうするかと思っていると、構内放送で 「8時06分発の電車は遅れます。そこで、高畠、赤湯、上山、山形へ行かれる方は、次にまいりますつばさに乗ってください」 そこで、しばらく待って、つばさに乗り山形へ。特急料金は無し。ラッキー。 山形に着くと、大変なことに。積雪80cm。 三十数年ぶりの大雪が降っている。自動車が進まない。 大学内では、駐車できなくて困っている車がいっぱい。 たくさんの人が出て、雪片付けをしている。 山形は普段雪が少ないので、大変なのだ。 夕方、どうやって帰ろうかと考えていると、本部に工学部長がいるではないか。 「米沢に帰るのですか」 「はい」 しめた。工学部長の公用車に便乗させて下さいとお願いした。 2人で車に乗ると、運転手さんが「もう5人乗ります」と。 「え、誰が?」 「工学部の先生方です」 「どうしたの」 「今日、小白川で1年生の授業があったのですが、JRのすべての電車が雪のため運休になり、米沢に帰れなくなっています。そこで、一緒に乗っていくことになりました」 そうか、電車が全然動かないのか。驚いた。 雪はすでに小降りになっているのに。 7人が公用車に乗って米沢へ向かった。 しかし、雪で国道も大混雑。 普通なら、1時間のところを、3時間もかかってようやく米沢に着いた。
今日は、ある冠賞の審査会で東京。
審査員のコメントは厳しい。まるで、どれも賞に値しないかのごとく。 特に、自分の専門に近い分野の応募者に対する評価は厳しい。専門から遠い審査員は中庸か推薦の弁。 なんとか、ヒアリングの候補を決めて懇親会へ。 アルコールが入ると、話し合いの方向が少し変わった。 賞をもらう人への配慮が議論の中心。 会社の人が言うには、「賞金をもらっても会社に召し上げられる」とか。 「え、どうして。大学では賞金は個人の収入だよ」 「勤務時間中の仕事が表彰されたのだから、報酬はサラリーで支払い済み。したがって、賞金は会社に入るのが当然」と。 「なるほど」 そこで、議論はどうすれば賞金を個人に渡せるかについて。 「図書券や旅行券などにしたらどうか」 「それは賞金と同じでしょう」 「では、金塊はどうか」 「おなじだ」 「では、金メダルはどうか」 「金とは限定せずに、メダルだと個人がもらえるかもしれない」 「では、賞金の代わりに金で作ったメダルにしよう」 飲みながらの話し合いは多様性にあふれた議論が続いた。
朝食を食べていると、グラグラときた。
震源地は近い。 「富士山が噴火したかな」と言うと、隣りで食べていた人は「あそこに白い煙りがあがっていますよ」と。 今は、地震の冗談は禁句。みんな過敏症になっている。 前に座っている人は、スマフォをあやつりながら「震源地は富士五湖です」と。 裾野市にある帝人の富士研修センターでの話。 昨日のポスター発表で、我々の研究室の小室さんが優秀賞を受賞した。 この帝人21世紀フォーラムは、今回で20回目。 基本的に高分子科学が主題だが、今回のスペシャルは「仏教の共生(ともいき)思想」。 最近、仏教の考えに触れることが多い。
朝のニュースで東京は積雪4cm。
東京では、トラブルを起こした自動車が400台以上、けがした人は300人以上とか。 雪の少ない街の人は雪によわいのだろう。そういう小生も新年早々2回転んだが。 米沢は積雪80cm。 今日は天気が良いので、駅まで歩いた。空気の冷たさがぴりりと気持ちよい。 朝の学長室コーヒータイムでは、今日の記者会見が主な話題。 付属学校の懲戒問題。いろいろな話を聞きながら、小生が工学部長になってまもなくの記者会見を思い出した。あまり楽しい思い出ではないが、3時間ほど記者達からの嫌がらせに近い質問に答えたことがあった。 つづいて、山形のコンベンションセンターの方が来られて、学会などの開催についての話し合い。 午後は、厚生労働省の山形労働局長らが来られた。彼らが言うには、新卒について、これまでは高卒のみを対象にしてきた。最近では大卒の就職率が悪いので、大学の新卒者の就職のお世話をしたいとのこと。 我々としては歓迎。 次は、経済産業省の方々。 地域の産業の発展についての新たな政策作りをしていると。彼らの質問に対して一つ一つ答えた。 ただ、思いは通じるところがあって、話をしていて楽しかった。 現場を回ってから帰途についたが、外は寒い。 自宅について、ストーブのありがたさをしみじみ感じた。
母の一周忌で、野山が緑あふれる故郷和歌山へ。
今回は飛行機代金の安い関西空港を利用した。 法要の帰り、関空までの途中で、道成寺に立ち寄った。 そこで、和尚さんから『安珍清姫』の絵巻を見せていただきながらの説法を聞いた。 和尚は「このお寺は建立されてから200年間ぐらいは、まじめに仏教のおつとめをしていたのですが、1000年前からは、何故安珍が清姫に焼き殺されたのか説明することがこのお寺の仕事になりました」と話し始めた。 ストーリーは次のとおり。 福島県白河出身の修験者『安珍』が熊野本宮に参詣の旅に出て、小生の故郷近くの宿場に泊まった。そこで宿の娘に惚れられた。そこで、安珍はその娘『清姫』に熊野本宮参詣の帰りにも寄ると約束をした。 しかし、安珍はその約束を破って、彼女の家を素通りした。 それを女の一念で察知した清姫が、安珍を追いかけた。結局、60kmも走り続けて、道成寺へ。 道成寺では、逃げ込んだ安珍を釣鐘の中に隠したが、それを蛇に姿を変えた清姫が探り当て、釣鐘堂を燃やした。結果として安珍も焼き殺した。 この話は、歌舞伎や能などで演じられているが、絵巻を見ながらの和尚さんの話も実に面白かった。
今日の夕方、研究室卒業生の黒瀬さんが研究室に来てくれた。
最初は、「今年の4月に後輩が来てくれます。来年も是非後輩を送ってください」とまじめにリクルーターをしていた。我々の研究室からの卒業生4人がこの会社で働いていて、研究室出身の卒業生が最も多く働いている会社の一つ。 話をしているうちに、研究室の卒業生らしさが出てきた。 1時間ほど話をしてから、「だれか学生をつれて飲みに行くのか」と聞くと、「今回は予定していません」。 そこで、彼を誘って『よねはら』へ。 おいしい魚と熱燗をいただきながらの懇談。 まず、「彼女はどうだ」と質問すると。 彼は、「できました。昨年末に入籍しました」と。 こちらの予想以上の答えが返ってきた。 そこからが面白い。今の仕事の話、学生時代の話、今後の会社の話などで盛り上がった。
中央教育審議会(中教審)の答申「学士課程教育の構築に向けて」が3年ほど前に、文部科学省に提出された。
小生はいまだに学士課程教育と従来からの学部学科教育との本質的な違いを理解できないでいる。教育担当理事がこんなことではだめなのだが。 例えば、現在の学部学科教育の場合、工学部では卒業した人に学士(工学)を出す。卒業するためには、学生は、基盤教育とともに技術者倫理などの工学部共通科目、それにプラスして学科特有の科目からなるカリキュラムをこなし、学科の教育目標に到達しなくてはならない。その学科の授業は理工学研究科所属の教員が学科教育プログラム長の要請のもとに実施している。 特に、研究室に入ってから実施する卒業研究では、学生は自分でテーマに取り組むことによって、問題抽出と解決能力、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力、さらに自己管理能力やチームワーク能力などが磨かれる。 学士課程教育はどうかというと、「「学位授与の方針」と「教育課程編成・実施の方針」によってカリキュラムを作り、それを修得した学生を卒業させる」ことになる。 このように比較すると、本質的な違いはないように見える。 では、何が違うのだろうか。ときどき自分に問いかけている。 今日、基盤教育院の1人の教員に「あなたにとって学士課程教育とはなんですか」と、質問した。 すると、 「誰にも習わずに、自発的に課題を発見し、解決しようとする能力を学生に持たせること」 とすっきりとした答えがかえってきた。 この教員はさらに付け加えて、 「入学直後の学生にすみやかにこの能力をつけさせて、以後の一般教養や専門知識の獲得の基盤としたい。同時に、一般教養や専門知識は、この課題解決をしようとする能力育成の道具にもなる」 すばらしい。 この人には、学士課程教育の「こころ」が分かっていて、小生に一番わかりやすいところを教えてくれたようだ。納得した。
山形からつばさで米沢駅に着いた。
改札で切符を駅員に渡そうとすると、特急券しかなく、定期券が無い。もぞもぞと服のポケットを探るが無い。鞄を探るが無い。 「定期券が無いんです・・・」 「どうしましたか」 「山形駅で改札を通るときにはあったのですが、・・・」 「ポケットとかにありませんか」と駅員はあくまでも探し出させようと執拗にせまる。 しかたなく、すべてのポケットや鞄の中を探す。無い。さらに、 「山形駅に問い合わせましたが定期の取り忘れも、拾得届けもでていないです」 途方にくれていると、 「用紙に書いていただけませんか」と紛失届けの用紙をいただいた。 定期券の情報、住所、電話番号などを記入。 「つばさの何号車の何番の席に乗っていたのですか」 「16号車の6から8のいずれかのD席です」 定期は10月に買ったので、後3ヶ月ぐらい残っている。5〜6万円分。 今年は災難な年のようだ。正月早々に雪で転んだし、それに定期券をなくした。泣き面に蜂とはこのことだ。その日の夜は、なんて馬鹿なんだろうと、自責の念で眠れなかった。 次の日も悶々と過ごしていた。 まる1日を経過したころ、携帯に電話が入っていた。 ひょっとして、定期券があったのかなと、折り返し電話をした。 「定期券のことでお聞きしたいのです」 「はいっ」 「定期券の有効期限は何日ですか」 「4月の6日ごろです」 「窓口で買われましたか、機械で買われましたか」 「機械です」 「4月7日までで、機械で購入した定期が新庄駅で見つかりました」 やった。JRもたいしたもんだ。良く探してくれた。 それにしても、なぜ新庄駅でと思いながら、ともかく見つけてくれたことに感謝。 捨てる神あれば拾う神もある。
東京地下鉄虎ノ門駅11番出口を出て、エスカレーターで一階へ。右に進むと目の前に、目指す文部科学省の「情報ひろばラウンジ」がある。
中に入り、受付の列に並んだ。横から係の人が来て、「先生は企画者の立場ですから受付は必要ありません」。「いや、イヤホンがほしいし、並びます」。「予備のイヤホンが余ったら先生に渡しますから」などのやりとりの後、会場に入った。 100人余りの席が半分も埋まっていない。人気がないのかと少し淋しい気がした。 時間がきて、イヤホンの使い方やこれからのスケジュールの説明。 今日は『藤沢周平の江戸・東京』だ。 第一部の文学散歩は定員が40名だそうだ。座席の半分ぐらいは定員どおりだった。 第二部が散歩の後の講演で定員は100名。 説明が終わって、皆さんが歩き始めた。すると係の人が小生にイヤホンを渡してくれた。お余りにあずかることができた 文科省の人によると、募集をはじめて三日間ぐらいで定員一杯になり嬉しい悲鳴を上げて、多くの人をお断りしたとのこと。 文科省をでて、北北東へ。すぐに、三年坂に出くわす。ここで転ぶと3年以内に死ぬとのことで、こわごわこの坂道を横断した。 山本陽史教授の見事な解説がイヤホンから聞こえてくる。 大岡越前守の屋敷、新井白石がいた桜田御用屋敷、上杉家上屋敷、桜田門、井伊直弼屋敷、山王日枝神社、赤坂溜池などを約1時間ほどで歩いて廻った。 文科省にもどり、第二部の講演会。100人余りの座席は満席。 ここでも、山本先生の独演会。いゃー、実に面白い。藤沢作品の読み方の新しい視点をいただいた。 つまり、歴史小説の読み方。 藤沢周平さんは歴史小説を書くときは正座して書き、時代小説を書くときはリラックスして書くとのことだった。 山本さんによると、歴史に忠実な小説は歴史小説。時代は江戸時代でも登場人物がフィクションの場合は時代小説というそうだ。 小生のような不真面目な読者には、周平さんの歴史小説は堅苦しくて、いまいち面白くない。それに較べて、時代小説は断然面白い。 山本先生に言わせると、登場人物に注目して藤沢周平を読むと、時代小説は面白くて、歴史小説は面白くない。しかし、町並み、風景や地形などに注目して小説を読むと、歴史小説も面白いとのこと。 今度はそれを気にしながら周平さんの歴史小説を読んでみることにした。
初出勤。
米沢市はぴりりと寒いが、太陽のまぶしい光もときどき射し込み、足取りも軽く歩きはじめる。今日は車も人も少なく快適。 電車の中も空いていた。 山形市に着くと雪が降り始めた。いつも通りに歩き始めたが、途中で転んだ。今年の転び初め。波打った氷の上に3cmくらいの新雪。おもわず左足を取られた。左腰を打つ。痛い。 ゆっくりと起き上がり、おそるおそる歩き始めた。 しばらく歩くと、今度は右足を氷の上の新雪にとられた。右腰を打ちながら道路に寝そべってしまった。しばらく雪の中に寝そべった。これで、両方の腰とも打ち、バランスがとれたことになる。 作冬は一度しか転ばなかったのに、今年は早々に二度も転んでしまった。 職場の部屋は正月休み後なので冷え冷えとしている。 新年の挨拶、学長室コーヒータイム、学長の新年の挨拶、役員会、打ち合わせなどで平常の仕事が始まった。
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